概要
研究時間に対する単純な繰り返し作業の割合の高さやヒューマンエラーによるデータ信頼性の低下、危険作業の遂行などの課題解決方法として自動化装置が挙げられる。しかし、既存の製品は設備の大規模な改修が必要で導入コストが高い傾向にある。そこで本作品では3Dプリンターや市販の電子パーツを活用したシンプルで互換性のあるエンドパーツを用意することで、1台のロボットアームで多種多様な自動化を可能にする。これにより、卓上の小さいスケールで安価に自動化システムを導入でき、省力化と実験サイクルの高速化から世界の研究力の向上に寄与できる。
経緯
チームリーダーは大学院の研究活動で雑務作業に忙殺されていた。反復作業に多くの時間が割かれ、本来時間を充てたい考察や論文出筆作業に手が回らないことにもどかしさを感じていた。少しでも楽をするために、プログラムを組んでソフトウェアに限定した自動化システムを構築したが、「実験室で手を動かす作業」が圧倒的に無為な時間の大部分を占めるため、研究の本質に集中するためには実世界上の自動化が不可欠であった。しかし、計画をきっちり立てる大きなプロジェクトに参画するわけでもない一介の大学院生には、実験室のレイアウト変更まで要求される大規模で高級なシステムは導入できない。さらに、自身のバックグラウンドは化学であり、メカトロニクスの知識もないなかで、ロボットをゼロから作ることはとてもできなかった。 そこで、既存のロボットアームを活用したシンプルなシステム構成に目をつけた。実験作業に重要な役割のほとんどは腕ではなく手にあることは自明であるため、自作する機構はエンドパーツに限ることにした。最もシンプルな実験系である、ビーカーから試験容器への試薬の移動の試みに成功したことで、低コストで小さいスケールにおける実験系の自動化について確かな手応えを得た。 これらの潜在顧客とエンジニア両方の体験から、より汎用的で拡張性のある自動化のために、様々な実験作業に対応可能な多種多様で互換性のあるエンドパーツの開発を目指すことにした。
機能
本作品では、メカトロニクスのノウハウの有無を問わずに構築可能で互換性のあるエンドパーツのロボットアームへの搭載を目指す。このため、市販の電子パーツを中心にエンドパーツを構成し、容易に入手可能で交換可能な部品を使用することでコストを抑えつつ信頼性を担保する。また、固定パーツやギアなどにおいては3Dプリンターを使用し、設計に柔軟性を持たせる。さらに、高価な専用機器を用いるのではなく既存の実験器具を自動化ツールに組み込むことで、実験者の介入をスムーズにする。 本作品では、液体の吸引・分注作業を実験自動化のタスクとした.ピペットやシリンジ、パスツールを用いた液体の操作について、それぞれエンドパーツを実装している。ピペットは液体の吸い取りと別の容器への移送に特化しており、シリンジはより危険な薬品を扱うことができ、パスツールは厳密な量を計る必要がないときに使用される。具体的には、ステッピングモータを使用することで吸引・押し出しを正確に制御する。加えて、圧力センサを使用し、ピペットの2段階の押分や異常な動作を検知する。これにより人間と同じような吸引・分中作業が可能になる。また、サーボモータを使用することで、シリンジで高速かつ正確な時間で溶液を排出するエンドパーツを実装した。さらに、エンドパーツの付属機器として、ビーカー回転装置を実装した。3Dプリンタ製のギアによる変位変換機構とステッピングモータが正確な制御を行う。滴下された液体が規定の容積であることを非接触でセンシングする静電容量センサーを用いている。最後に、これらのエンドパーツとロボットアーム、ビーカー回転装置の制御を統合するために、コンピュータと周辺機器がデータを一連のビットとして順次送受信するシリアル通信を行う。単一のコンピュータからの指示を複数のモータやセンサに伝え、複雑な操作を実現している。例えば、高精度な液体操作は、コンピュータがシリンジやピペットの動作を指示してリアルタイムで圧力センサを用いたフィードバック制御することで実現している.これらの機構・システムはシンプルな構成で実装するため、エンドパーツにさらなるバリエーション、拡張性を付与することが可能となる。
開発過程
プロジェクトの初期段階では、自身の研究で多くの時間が費やされているカラム精製の自動化を目指した。具体的には、ビーカーの移動とシリンジを用いたサンプル分析の自動化を目標に、それらふたつの目標をロボットハンドで一体化して解決できるエンドパーツの開発を試みたが、自重がかさむ上に機能が複雑になるという課題に直面した。そこで、最小限の機能を持たせた複数のエンドパーツを開発し、それらを適宜交換するというアプローチに変更した。 ビーカーの移動は専用の装置を作成することで解決し、溶液がたまった際のビーカー交換の仕組みも見直した。当初は一定の時間でビーカーを交換する仕組みを採用していたが、溶液の出てくる速度に違いがあるため、内容物が一定の量に達するとビーカーが自動で移動するような改良が必要であった。しかし、画像認識技術は難易度が高く、認識環境によって精度が変わることが課題だった。かつ、水以外の有機溶媒を扱うため、通常の液体センサーでは検知が困難であった。この問題を解決するために、非接触の液体センサーを導入し、一定の量がたまったらビーカーが自動で移動する簡便な仕組みを実現した。 サンプル分析では、非常に細いガラス管であるキャピラリーを使用するため、ロボットアームで扱うと折れてしまう問題があった。そこで、マイクロシリンジを用いたエンドパーツを作製することでロボットアームによる分析作業の自動化も実現した。また、研究メンバーが0.3秒間隔でインジェクションを行う実験で、正確なタイミングを維持できない問題があった。シリンジのエンドパーツを改良し、ギアを2つにすることで、高速かつ正確なインジェクションが可能となった。 その後、他研究室へのヒアリングを通してピペッティング操作が多くの研究者を困らせていることが分かった。そこでピペットを扱えるエンドパーツを作製を始めたが、ピペットの2段階の押し分けが大きな課題であった。ピペットの押す長さをモーターで制御する方法は他の事例であったが、これだと様々なメーカーのピペットに対応することができないと考えた。そこで圧力センサーを用いることで、どのようなメーカのピペットにも対応することが可能になった。さらにより汎用性を持たせるためにパスツール、シリンジにも対応可能な、現在の形に改良を重ねた。これにより、様々な形状・メーカーの既存の実験器具を低コストで扱うことが可能になった。 以上が、開発コンセプトの発案から現在に至るまでの開発過程である。試行錯誤に加えてロボットアームの利用やハードウェアの学習を通じて、複雑な機能をシンプルかつ効果的に実現するための改良を行っている。これらの開発過程に共通することは、モックアップによる設計と製作そして検証のサイクルを早く回すことができている点である。このことから、より汎用性と専門性の高い自動化システムの実現のために幅広い多種多様なタスク自動化の実現に興味を持っている。現在は、ハードウェアの開発に加え、それらを簡単に共有し、ユーザが相互にノウハウを実装できるプラットフォームの開発も行っている。
差別化
最大の特長は低コストで小スケールな点にある。ほとんどの自動化装置は非常に高価で大規模であり、小規模な研究室や研究者が個人レベルで購入・使用することが想定されていなかった。特に、中小規模の限られた予算で運営されている研究室では、このような自動化装置を導入する金銭的・人的なゆとりがない。大掛かりなシステムは導入や点検、整備に専門性の高い技術者が必要となるためだ。一方で、本作品は卓上で完結するスケールから自動化を行う手法をとる。小規模なシステムが設計・製作上の利点となり、簡潔でチープなデザインが特に重要な要素となる。具体的には、3Dプリント技術や一般に流通している市販の電子パーツとロボットアーム、オープンソースのソフトウェアを活用することで、エンドパーツの製作コストを金銭的にも人的にも大幅に削減している。 拡張性の高さも本作品の大きな特徴である。従来の自動化装置は特定の用途・タスクに限定されることが多く、実験者の新たなニーズに対応するためには追加の機器やシステムの導入が必要となる場合が多い。しかし、本作品では、1つのエンドパーツでピペット、シリンジ、パスツールなどのさまざまな動作を可能にし、さまざまなサイズやメーカーの製品に対応できるよう設計している。さらに、エンドパーツはモジュール化されており、ピペッティングを行いたい場合や、高速でインジェクションを行いたい場合など、目的に応じて簡単に交換することができる。このように、多岐にわたる実験操作の自動化が可能である。 最後に、柔軟なカスタマイズ性も本作品の優れた点である。実験器具はエンドパーツに取り付て自動でハンドリングするだけではなく、実験者も手動で使用できる。例えば、ピペットホルダーは手動・自動にかかわらず従来の形状に合うように設計されている。これにより、自動化が必要ない場合において、共通の実験器具を用いて作業ができる。また、ユーザーが自身のニーズに合わせて3Dデータやコードを選択して使用することで、汎用性と専門性を両立したシステムを実現可能である。これにより、特定の作業に限定されず、多様な実験や作業に対応できる柔軟性を持ったシステムとなる。 このように、本作品は低コストで小スケール、高い拡張性、柔軟なカスタマイズ性という点で、既存の自動化システムと差別化できる。
将来の計画
まずは、どんな実験にも対応できるように多種多様なエンドパーツを開発し、世界中の研究力向上に寄与したいと考えている。この実現のために、引き続き実験の内容の詳細なヒアリングを行い、明らかとなった課題を解決するエンドパーツを開発する。これにより分注作業にとどまらない、サンプル瓶のふたの開閉や固体の計り取りのような操作の自動化を可能にする。 無数の実験に対応するためには、上記の個別対応による汎用性の獲得とは別に集合知を背極的に活用するアプローチが有効である。オープンソースのプラットフォームを利用する事で、従来は閉鎖的に開発されていた自動化システムはより高度にモジュール化され、その装置を必要とする他の研究室への導入が可能になる。さらに、プラットフォームが発展すれば、動作制御が指示だけで完結する制御やプログラミングスキルを必要としない拡張現実を取り入れた制御ができる未来も期待される。 また、研究における自動化が進むことで、環境のばらつきが大きく、自動化が難しい一般家庭においても同様の技術が応用できるようになると予測する。具体的には、洗濯や皿洗い、料理といった日常的に行われるルーティン作業に対しても自動化できる可能性がある。これにより、家庭内の単純作業からも人々を解放し、時間と労力を節約することができるようになる。 このプロジェクトを通じて、自動化技術の普及と進化を促進し、より多くの人々にとって有益なソリューションを提供することを目指していく。
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